今月末いよいよ18歳になる娘。
現在、市内特別支援学校高等部3年生。
卒業後の進路に悩む今日この頃(主にわたしが・・・)。
(もちろん娘のためだけではないけれど)やはり、将来的に選択肢の一つになればとの
思いもあり、少しずつ働く場等作ってきたけれど・・・…
おかげさまで内外からたくさんの皆様に支えられ、障碍当事者の方たちにとって
望ましい場所となってきた感はあるけれど・・・
娘にとってはどうなんだろう?
息子は知的レベルでわたしよりはるかに高いこともあり(=丸め込むことはできない)、
わたしが望ましいと考える選択肢より、息子の意思を最優先に、本人が選んだ道
(=現在、積極的かつ主体的な引きこもり系ライフスタイル)
を容認し、応援しているわけだけど(まぁわたしが認めようが認めまい
がつらぬくだろうけどね・・・^^;)。
同じように、知的に遅れがあるからといって、娘の意思を最優先にしないということは
大NGだろうとは思う。
支援が支配に、提案が強制に、愛情がエゴに、こちらがリードしやすいだけに、
それを伝える力や術を持ちづらいだけで、娘にも意思や希望はしっかりある。
支援者という第3者的立場では当たり前にできることが、親として相当意識をしていかないと
途端に難しくなるという情け無さ。
あくまで権利主体は娘。
どんなに幼く未熟に危なく見えても、もう18歳。
これから大人になり、大人として生きていく彼女を、これからも側にいて支えていく役目を
持ち続けたいなら、わたしはわたしの潜在下にあるそれを根底からひっくり返せなくては、
その資格はないと思う。
そう思う反面、その判断力に大いなる不安もあり、転ばぬ先の杖的先回りした選択肢の掲示を
したくなるという矛盾・・・
まぁただ過保護&過干渉なだけともいえて・・・
どんな選択をしても、認め、そして応援していくことが、親としての最後のかつ最大の
役割なんだろうと思う。
幼くても、危うくても、一人の人間として尊重し、対等の人間として向き合っていく。
まだまだ意志を持ってそこに向かわなければできないという情けなさだけど
いつかきっと自然にそうなれるように・・・頑張ろう(もうこの時点でダメな気がしなくも^^;)